これが、僕から…、秀樹に贈る最初で最後の手紙になります。

弔辞。秀樹、五郎、そして、僕。新御三家と呼ばれて、気が付いたら45年以上の月日が流れていました。秀樹、五郎、僕より先にデビューしていて、何も分からず芸能界に飛び込んだ僕は、2人の背中を見て歩んでいくことがやっとでした。

あの頃、毎日のように、音楽番組があって、2人が当たり前のようにそばにいて、でも、僕の中では、2人のことをライバルと思ったことは1度もなく。同じ世代を駆け抜けていく、同志という思いでした。

1975年。日本レコード大賞で秀樹、五郎の2人が金賞を受賞し、残念ながら、僕一人だけ名前を呼ばれることはありませんでした。でも、その時の思いが一心のバネになって、翌年、日本レコード大賞大衆賞、「あなたがいたから僕がいた」で受賞することができました。

人は、頑張れば、努力すれば、必ずかなうんだ―。それを教えてくれたのは、2人の存在です。ある時、秀樹は40度近い高熱が出たにもかかわらず、ステージを務め、最後は倒れるように歌を歌い上げた。本当にファンの人のことをまず考えて、自分の人生をダイナミックに生きる人と痛感しました。

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今から2年前、2016年。ある雑誌の対談で秀樹、五郎、僕。新御三家が顔を合わせました。秀樹は大病を患ったにもかかわらず、そこに駆け付け、1つ1つの言葉を大切に伝えてくれる。僕はとても心を打たれました。残念ながら、それが、秀樹を見た…、最後になってしまいました。

あの時、対談の中で「ここまで歌を続けてきたんだから、感謝の気持ちを持って歌い続けていこう」。そう締めくくったにもかかわらず、秀樹は天国に行ってしまいました。本当に残念です。日本中の人々から愛された秀樹の歌、そして、笑顔―。これは、これからも人々の心の中に、しっかりと刻まれていくことでしょう。

僕は秀樹のことを「兄貴」という風に思っていました。まず最初にデビューした五郎が長男で、秀樹が次男、僕が三男。その思いは、今でも変わっていません。これからも、秀樹の背中を見て、心の中でそう思って、ずっと歌を歌い続けていきたいと思っています。

今まで、本当にありがとう―。そして、安らかに眠って下さい。