橋幸夫

歌手の橋幸夫さん(74)が47年も連れ添った奥さんと昨年2017年に離婚していたことが明るみになりました。

 

失礼ですが、74歳という年齢を考えると、今更ながら離婚する必要があったのかと考えてしまいます。

 

離婚というのは、体力的にも精神的にもかなりの負担を強いる訳ですので、それをあえて離婚に踏み切ったのは、どんな理由があったのでしょうか?

 

少し気になりましたので、調べてみました。

 

まずは、橋幸夫さんの簡単なプロフィールから紹介します。

スポンサーリンク


橋幸夫のプロフィール

本名:橋幸男(はしゆきお)

生年月日:1943年5月3日(74歳)

出身地:東京都荒川区

学歴:城西大学附属城西高等学校卒業

デビュー:1960年「潮来笠」(いたごがさ)

 

橋幸夫さんはビクターレコードから「潮来笠」でデビューし、いきなりデビュー曲がヒットし第2回日本レーコド大賞新人賞を受賞。その年の第11回NHK紅白歌合戦にも出場し、一躍スターの仲間入りをすることになりました。

 

後に舟木一夫さん、西郷輝彦さんと「御三家」として、当時のアイドル的存在でした。

 

1962年には、吉永小百合さんとのデュエット曲「いつでも夢を」が100万枚を超えるセールスを記録し、第4回日本レコード大賞を受賞しました。

 

さらに、1966年には「霧氷」で第八回日本レコード大賞を受賞し、名実ともにトップ歌手としての地位を確立しています。

 

その後、映画やテレビ、CMで活躍され現在も精力的に活動されています。

私が良く覚えているのは、ものまねタレントの清水アキラさんが、橋幸夫さんの物まねをしていたことを懐かしく思い出しました。

 

橋幸夫さんは、これをきっかけにバラエティー番組にも出演するようになったということです。

 

橋幸夫の離婚した奥さんはどんな人?

橋幸夫さんが、結婚したのは1971年で、奥さんは日本航空の国際線のスチュワーデスをされていた凡子(なみこ)さんと言う方でした。

 

知り合うきっかけは、橋さんがハワイに行くときお世話したのが凡子さんで、帰りの便でも偶然に凡子さんに会い、話が盛り上がったということです。

 

これから2年余りの交際期間を経て結婚に至ったようです。

 

やはり、凡子さんは才女だったんでしょうね。結婚後1男1女をもうけ、子供たちに手が掛からなくなると1982年から85年までフジテレビのワイドナショーの司会をされています。

 

また、エッセイストとしても活躍し、姑を看護した経験から老人問題に関する講演活動もされています。

 

離婚に至った原因は?

じつは、凡子さんによるとこれまでにも離婚の危機があったようですが、原因は橋さんの浮気にあったようです。

 

結婚してしばらく経った夫婦の仲は冷え切っていたようです。

 

それに橋さんの浮気が重なり、離婚の危機を迎えますが一年以上にもわたる夫婦間の話し合いにより離婚を回避したようです。

この時の様子は2001年に出版された「別れなかった理由」に書かれているようです。

 

ただ、当時別れないと思ったとしても、心にしこりが残るのは当然だと思います。

 

あくまでも推測ですが、子供も独立し2人だけで生活するうちに二人の溝が深くなったのではないでしょうか?

 

それに、二人とも仕事をされていますので自由に気兼ね無く暮らしたいといったところではないかと思います。

 

まとめ

 

今回の離婚に付いては、理由は公表されていないので分かりません。

 

しかし、離婚が橋幸夫さんの仕事に影響するような事はないと思います。

 

むしろ、離婚することによって、好きなだけ仕事に打ち込める環境を作ったという気がしました。

 

これからも長く歌手活動をされることを期待しています。

 

関連記事

⇒ 橋幸夫が離婚直後再婚していた!相手や再婚の理由は?