ビートたけし

ビートたけしさんは、1980年に幹子さんと結婚しています。

 

幹子さんは、1951年に大阪府で生まれ、武庫川女子大学短期大学部の在学中に漫才師を志し1971年に司ミキという芸名で漫才師デビュー。その後、渚ミキ・内海ミキと改名されていますが、目立った活躍はないようです。

 

そんな幹子さんとビートたけしさんとが知り合ったのは、1978年幹子さんがアシスタントを勤めていた「大正テレビ寄席」にたけしさんがツービートで出演されたことでした。

 

二人はすぐに意気投合し同棲します。

 

結婚のきっかけですが、なんと嫁の幹子さんが勝手に婚姻届けを偽造して提出してしまったということです。

 

ビートたけしは、私文書偽造で結婚届を無効にできたのですが、それをしなかったのは母親の北野サキさんが、決して離婚を許さなかったからだと言われています。

 

それに当時は、ビートたけしさんも収入は少なく、売れない時期は嫁の幹子さんがアルバイトをしながら家計を支えていたということで、結局ビートたけしさんも認めざるを得なかったんだと思います。

 

二人の間に、1981年3月に長男、1982年10月に長女の2人の子供が生れています。

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ビートたけしが離婚しない理由は?

ビートたけしさんは、嫁の幹子さんと知り合って40年たつのですが、なんと40年間のうち自宅に帰ったのが、10日~20日程度だと言います。

 

実質、別居というか離婚した状態と同じだと思うのですが、それでも離婚しないのは北野サキさんが離婚を許さなかったことと、嫁の幹子さんができた人で子どもの世話はもちろんのこと金銭の管理など全てにおいてビートたけしさんを支えていたからです。

 

ビートたけしも無理に離婚して、子どもの養育等の問題や金銭的な問題に発展するのが煩わしかったのではないかと思います。

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嫁はビートたけしの浮気を公認している?

たけしさんは、40年間で10日~20日程度しか家に帰っていないと言います。

 

ビートたけしさんによると「一番居心地のいい場所に帰る」ということで、すなわち時には愛人宅であったり、たけし軍団と一緒だったり、事務所やホテルだったりするようです。

 

多分、愛人宅が一番多いと思いますが、、、

 

嫁の幹子さんもさすがに若い時は、寂しかったようで不倫をしています。

 

嫁の不倫が分かった時、ビートたけしさんの行動は?

なんと、怒りもしないで不倫相手のところへ嫁の幹子さんを迎えに行ったそうです。

 

ビートたけしさんにとって、嫁の幹子さんは女性というよりも家族に一員という感覚だったのでしょうか?

 

それ以来、幹子さんは不倫することもなく子どもの世話とビートたけしさんのサポート役を勤めているようです。

 

一方のビートたけしさんは、相変わらず自分の生き方を変えることもなく愛人との生活を続けているようです。

 

ビートたけしさんの浮気に関しては、嫁の幹子さんが公認しているというよりもどちらかと言えば、言っても治らないと諦めているというのが、本音だと思います。

 

まとめ

ビートたけしさんのさんが、40年も嫁の幹子さんと別居状態であるにもかかわらず、離婚しないのは当初母親の北野サキさんが離婚を許さなかったことですが、それに加えて嫁の幹子さんができた人で家のことや金銭の管理をしてビートたけしさんのサポートに役に勤めていたからだと思います。

 

ビートたけしさんの浮気については公認というより、言っても治らないことを知っていて諦めているということが真相のような気がします。

 

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