兜

5月5日は、こどもの日ですがゴールデンウィークの真っただ中ですね。

 

毎年、今年はなん連休といったことが話題になり、どこもかしこも行楽客や旅行客でにぎわっています。

 

しかし、こどもの日の由来については、あらためて考えることもなく知らない人が多いのではないでしょうか?

 

こどもの日の由来を簡単に分かりやすく説明します。

 

こどもの日の由来は?

こどもの日の由来は、端午の節句からきています。

 

こどもの日と言えば男の子の祝日というイメージが強いのですね。

 

それは、こどもの日の5月5日は、江戸時代には端午の節句とか菖蒲の節句といわれ男の子の日だったからです。

 

「菖蒲」と「尚武」(武を尊ぶ)の音が同じであることから、武家社会だった江戸時代に端午の節句が正式に制定され、男の子の健やかな成長と一族の繁栄を祝う日になっています。

 

その、名残が現在まで続いているわけですね。

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5月5日が、端午の節句になった理由

5月5日が、端午の節句になったのは理由を紹介します。

 

旧暦でいうと端午の「午」は5月のことで、「端」は、はし、最初からとか初めからという意味があります。

 

つまり、端午は5月の最初の午の日ということです。

 

しかし、これでは年ごとに日にちが違い面倒だと思ったのか分かりませんが、、?

 

のちに5が重なる5月5日を端午の節句としました。

 

現在の日本人も数字の11、33、55、77とか好きな人が多いことからも納得できますね。

 

ちなみに2018年の端午は5月1日にです。

 

端午の節句は、もとは女の節句だった!

端午の節句は、もともとは女の節句だったというと驚く人が多いと思います。

 

でも、これは事実のようです。簡単に説明します。

 

端午の節句の起源は、奈良時代に中国から伝わった風習でした。

 

中国では、5月は悪い月とされ香りの強いアオイや菖蒲の薬草で、邪気を追い払うという風習がありました。

 

一方、日本では5月は田植えの季節です。

 

そして、田植えは女性の仕事だったということです。

 

ですから、この時は女性は大切にされ、女性たちだけで菖蒲の葉でふいた小屋で過ごしました。

 

これが「菖蒲の節句」を「女の節句」と言うようになった理由のようです。

 

鎌倉時代より前は、端午の節句というと女の節句という印象が強かったといわれています。

 

祝日としてのこどもの日

明治時代になると旧暦が廃止され、江戸幕府が制定した端午の節句は廃止されてしまいます。

 

しかし、端午の節句は廃止されても人々の風習はなくなるわけではありません。

 

やはり、親が子どもの健康や将来の繁栄を願う心は、時代が変わっても変わらない願いですね。

 

戦後になって、こどもの日を祝日にしようという機運がたかまり、1948年(昭和23年)祝日法によって5月5日を「こどもの日」として祝日にすることが決まりました。

 

男の子の祝日があるのに、女の子の祝日はなぜないの?

女の子の祝日はなぜないのか?と疑問を持つ人もいると思いますが、実は「こどもの日」は男女区別をしていません。

 

祝日法の2条には「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」と書かれています。

 

こどもの日をいつにするかは、いくつか案があったようです。

 

3月3日の「桃の節句」も候補にあがっています。

 

しかし、3月3日は特に東北地方や北海道では季節がら天気が悪いということで採用になりませんでした。

 

やはり、祝日は天気の良い方がいいですね。

 

まとめ

今回は、こどもの日の由来を簡単に分かりやすく説明してみました。

 

ご理解いただけたら幸いです。

 

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