瀬戸内寂聴さんは、96歳と言う高齢にも関わらず、お肉やお酒や甘いものが大好きで食欲もあり、老いて益々お元気な様子です。

それに、笑顔が無邪気で可愛いと言われてもいるようです。

 

しかし、年を取って無邪気で可愛く見える瀬戸内寂聴さんですが、過去に娘を捨てるという暗い過去があったようです。

 

母親にとって自分の子供を捨てるという最大の過ちをなぜ瀬戸内寂聴さんは犯してしまったのか?

 

また捨てた娘との現在の関係などについて調べて行きたいと思います。

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瀬戸内寂聴のプロフィール

瀬戸内寂聴

名前:瀬戸内寂聴 (せとうち じゃくちょう)
ペンネーム:三谷晴美
生年月日:1922年5月15日(96歳)
出身地:徳島県徳島市塀裏町
最終学歴:東京女子大学国語専攻部
職業:小説家

小さい頃は、体が弱く本を読むのが大好きな少女だったようです。

21歳の時お見合い結婚

地元の高校から東京女子大学に進学します。そして、1943年21歳の時にお見合い結婚をしています。

 

そして、1944年に女の子を出産しています。

 

その後、大学教授で中国古代音楽史を研究していた夫の赴任地北京に同行し、1946年に帰国し徳島で暮らしていました。

夫の教え子と不倫関係

しかし、夫の教え子と不倫関係になってしまいます。

寂聴さんは、罪の意識から夫に全てを打ち明けますが、激高した夫は3人で東京に住むことを決断します。

 

今の時代とは違い当時の不倫はとても世間から見ても許されることではなかったようです。

もちろん現在でも不倫はいけないことですが、、。

このように不倫に走った瀬戸内寂聴さんを非難する人も多く、「人間のクズ」という人もいるようです。

子供を残したまま家を出て行った

東京に引っ越した寂聴さんは、どうしても青年のことを忘れる事ができずに、とうとう娘を残し家を出てしまいました。

この時、娘はまだ3歳ですから母親のことは、多分何も覚えていない年齢だと思います。

 

その後青年と落合い会うことになります。

 

なぜ家を出る時、母親だったら娘を連れて行かなかったのか?

 

それは、後日寂聴さんが語っていますが、当時は女性が働く場所も少なく賃金も安かったので、とても子供を連れて行き育てることは出来なかったということのようです。

 

このことに付いても、子供のことより自分の本能のままに行動した瀬戸内寂聴さんはやはりクズだと非難されることも多いようです。

別の不倫が原因で青年と別れる

子供捨て出て来たものの、今度はある作家と不倫関係に陥り生年とは別れることになります。

 

夫とも1950年に正式り離婚しています。

 

その後も寂聴さんは、その他にも男性にまつわる話はいろいろあるようです。

 

瀬戸内寂聴さんは、色欲に走ったクズ人間と非難されるのも当然かもしれませんね。

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3歳で捨てられた娘と現在は和解した?

3歳で捨てた娘とは、長い間音信を断っていたようですが、寂聴さんが出家する前に和解したということです。

 

娘にとっては、当時3歳であったことからほとんど母親の記憶はなかったと思えます。

 

多分、今更と思ったことは間違いないようですが、寂聴さんによると和解したと言っていますが娘さんの方からは特に何も発表されていないようです。

 

それと、娘さんにはお子さんがいるようですが、つまり寂聴さんの孫に当たりますが、特別に付き合いははされていないようです。

 

やはり、わだかまりが全くないという方がおかしいと思います。

 

多分、瀬戸内寂聴さんは高齢ということもあり、娘の方も敢えて言わないでいる部分もあるのではないかと思います。

 

いずれにしても瀬戸内寂聴さんは、不倫の結果人を傷つけて来た半生だったようです。