篠沢秀夫教授の経歴

篠沢秀夫(しのざわひでお)

1933年6月6日?2017年10月26日(享年84歳)

学歴 :学習院大学文学部フランス文学科

東京大学大学院人文科学研究科

その他:2004年6月 – 学習院大学名誉教授
2013年4月 瑞宝中綬章叙勲

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篠沢秀夫教授ってどんな人

篠沢秀夫教授って、最近の若い人はご存じないと思います。

 

篠沢秀夫教授は、TBS系列で放送されていた「クイズダービー」という大橋巨泉さん(故人)が司会をしていた番組に1977年10月8日(第92回)から1988年7月30日(第651回)までレギュラー出演し、人気を博しました。

 

大学教授というと博識でお固く近寄りがたいイメージがあるのですが、篠沢秀夫教授は、間違った珍回答を自信満々に説明し、あきれた大橋巨泉さんにからかわれても、意に介せず「愉快ですね。」と笑い飛ばしていました。

 

このような篠沢秀夫教授のおおらかさや、顔立や物腰から受けるソフト感や温かさなどの人間的な魅力が、篠沢秀夫教授を人気者にした理由だと思います。

 

当時の出演者で、抜群の正解率を誇った、漫画家のはらたいらさん(故人)や、お嫁にしたい女優ナンバーワンだった竹下景子さんさんも印象深い存在でした。

 

篠沢秀夫教授は、ALSを発症していた。

 

篠沢秀夫教授は、「クイズダービー」終了後、テレビの露出はだんだん少なくなりましたが、本業の大学教授として頑張られていました。

 

篠沢秀夫教授は、2001年に大腸癌を患い療養しながら、仕事も続けていたのですが、2009年にALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病を発症してしまいます。

 

ALSは、10万人に1人という発症率の難病で、筋力が次第に衰えて行く病気ですが、現在の医療では有効な治療法のない難病です。

 

2009年ALSを発病してからは、早い段階から気管切開手術を受け人工呼吸器をつけていました。

 

篠沢秀夫教授は、ALSを発症してしまったのも運命とし、人間は何時かは死ぬ物として、それにも屈する事も無く、音声合成ソフトを使用し、講演活動や執筆活動を続けられました。

 

しかし、ALSの進行に伴い肺炎を併発し、昨年から入退院を繰り返すようになり、今月26日に旅立たれました。

 

また、妻の礼子さんによると「最後はやすらかな顔でした。病気になっても泣き言は一切言いませんでした。太陽みたいな人」であったということです。

 

篠沢秀夫教授は、自分の運命を受け入れ、それでも命尽きるまで前進し続け、悔いのない人生を全うし、安らかに旅立たれました。

 

最後になりましたが、篠沢秀夫教授のご冥福をお祈りいたします。

 

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