はしだのりひこさんの死因は

 

12月2日午前1時16分、歌手のはしだのりひこさんが、旅立たれました。

 

はしだのりひこさんは、10年程前から筋肉が縮まる病気に罹り、闘病生活を送られていたそうです。

 

死因となった病気は、パーキンソン病でした。

 

お年も72歳でまだ年齢的にも早いような気もします。

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はしだのりひこさんってどんな人

 

はしだのりひこさんと言っても、若い人たちは、どんな人か知らない方も多いと思いますが、50代以上の方は懐かしく思われるのではないでしょうか。

 

ザ・フォーク・クルセダーズの時に出された、コミカルな歌「帰って来たヨッパライ」を聞いた時は、何だこの歌はこんな歌うたって良いの?と思ったほど衝撃的でした。

 

そして、はしだのりひことシューベルツの時代の「風」(1969年)は大ヒットした歌で彼の最大のヒット曲です。

 

はしだのりひことクライマックスでは、1971年に「花嫁」が大ヒットしこの年の紅白歌合戦に出場されました。

 

「花嫁」に込められた願い

 

「花嫁」は、次の様な歌詞ですが、これを見れば「ああ、あの曲の」と思われる人も多いと思います。たしか洗剤か何かのCMにも使われていたような記憶も有ります(随分前の事なので、間違っていたらごめんなさい。)。

 

作詞:北山修 作曲:端田宣彦・坂庭省吾

花嫁は夜汽車にのって
とついでゆくの
あの人の写真を胸に
海辺の街へ
命かけて 燃えた
恋が結ばれる
帰れない 何があっても
心に誓うの

小さなカバンにつめた
花嫁衣裳は
ふるさとの丘に咲いていた
野菊の花束
命かけて 燃えた
恋が結ばれる
何もかも 捨てた花嫁
夜汽車にのって
夜汽車にのって
夜汽車にのって…

 

じつは、この歌は友人の北山修さんが、はしだのりひこさんと彼の熱心なファンであった女性との幸せを願って作詞したもので、後に奥さんとなる女性がモデルです。

 

彼女は、高校時代からはしださんのファンで、それこそ夜汽車に乗ってはしださんの時間の空く朝方に会いに来るのも度々だったと言います。

 

その健気さに心を打たれた友人の北山修さんが、いつかは花嫁としてはしださんの元へ嫁いでいく姿を願って詩を書いたそうです。

 

奥さんが入院され、主夫として看病に専念された時期があります。

 

奥様が亡くなられて、その時の体験を雑誌に掲載されたのですが、それが「おとうさんゴハンまーだ」(1986年)という本にまとめられました。

 

そして、この本を原作として中山節夫監督が「風のあるぺじお 」(1987年)として映画化し、文部省選定作品、優秀映画鑑賞会推選映画とされています。

 

これから思うと、はしだのりひこさんと奥さんの結婚生活は幸せだったに違いありません。

 

奥さんは「花嫁」の歌詞に込められた願いが叶い、命が尽きるまで幸せだったに違いありません。

 

はしだのりひこさんも辛い闘病生活からやっと解放され、今頃は夜汽車に乗って、大好きな奥様の元へ行かれていると思います。

 

 

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